Interview

アートはアートとして価値がなければ、
いくら目的や趣旨がよくても意味がない。

坂本龍一

2007年12月、さまざまなジャンルのアーティスト6人が京都に集い、『第2回世界アーティストサミット』で討議を行った。2年前の第1回と同様、現代美術家で京都造形芸術大学客員教授の宮島達男氏が呼びかけたもので、「世界の危機的な状況をアートの力でどう解決していくか」がテーマ。関連イベントも含めると3日間に渡った全日程終了後に、参加者のひとりで世界的に活躍する音楽家、坂本龍一氏に話を聞いた。

インタビュー:小崎哲哉+Realkyoto編集部
構成:編集部
写真:福永一夫+上田裕子+久保田佳克

初日の午前・午後と3日目の午前は、6氏+宮島氏による「コアミーティング」。全国から応募してきた129名の学生を前に、いま世界が直面している問題について、それぞれの意見や提案を述べた。

—今回は、他のアーティストはかなり理想主義的、抽象的な主張が多かったように思います。それに対して坂本さんは、終始、現実的かつ具体的に発言していましたね。ご自身の発言を含めてコアミーティングの感想は?

議論のベーシックに「社会貢献するアートがいいんだ!」というアプリオリな前提があったようで、僕はちょっと居心地が悪かったんです。「アーティストが人間としてよくないと作品もよくない」という単純化された話や、「人間をよくするためにアートがある」みたいな論すら出て、とんでもないと思った。そんな教条主義的な前提に基づいた話っていうのはおかしいんじゃないかって。僕自身、音楽と社会貢献的なものが関連するようなこともやってきたし、これからもやると思います。ただ、はっきり言って社会貢献しているからいいっていうのは間違いだと思うんです。
 宮島さんの結論にもありましたが、アートはアートとして価値がなければ、いくら目的や趣旨がよくても意味がない。社会貢献なら、NGOなりNPOでやればいいんでね、アートである必要はない。世界観をくつがえすのがアートじゃないかと思うんです。だから、「アーティストは善人じゃなきゃいけないのか、悪人じゃいけないのか」っていう問いをぶつけてみました。悪人のアーティストなんていっぱいいますよ。古今東西の絵描きにしろ、ミュージシャンや文学者にしろ、麻薬もやれば殺人をやった者もいる。社会が決めた善悪やルールに従わない自由さを持つこと、希求することがむしろアーティストの役割なんでね、僕はけっこう頭に来たんです。

—でも一方で、小説家のカート・ヴォネガットが炭鉱のカナリア理論というのを唱えていますよね。「すべての表現者は炭鉱のカナリアのように、誰よりも先に危険を察知して世間に告げる」。その意味では、社会貢献的な面もあるのではありませんか。

社会や国家に対して、アートやアーティストは陰陽の関係にあるべきだと僕は思うんです。相手が「陽」と言えば「陰」を主張する。それは結果的に俯瞰して見れば、その社会や議論を活性化することになるわけで、つまりはカナリア役なんですよ。自分でも「僕は天邪鬼」って言ったけど、悪人の役割をサミットの中でやったことも、陰と陽ですね。

2日目の午後には、高校生による「社会をより良くするデザイン」のプレゼンテーションが行われた。その後、参加アーティストがコアミーティングで議論した内容を報告し、聴講した大学生らの質問を受けた。翌日には、坂本氏を含む3人のアーティストが京都市立銅駝美術工芸高校を訪問。サミットと同じテーマで、高校生と討論した。

—2日目には、さらに「悪役」ぶりを発揮されましたね。「将来アーティストになるかもしれない私たちに何を期待するか」と質問した大学生を、「甘ったれるな」と一喝するシーンがありました。

あの子ひとりに、いまの若い世代全部を代表させる気はないです。でも、励ましてほしいというようなことを言ってたので、ちょっとどうかなと思いました。僕らの世代は、高校を卒業したら早く親の家を飛び出たい、自由になりたいと思っていたんですよ。僕も子供がいるんですが、18になっても出ていかない。で、親が「頼むから出てってくれよ」って言うと、「いやだ」とか「自信ない」とか言いやがる。とんでもない。
 それと同じようなものを感じましたね。なんか気概がないというか、元気がないというか、反抗心がないというか。

—「人間や地球の未来について考えはじめたのは子供ができてから」とおっしゃっていましたが、坂本さんはYMO全盛期の1981年に『サウンドストリート』というFM番組を始めて、ずっと後進を育ててきています。

全然育てる気はなくて、つい最近までは「若い芽を摘む会」っていうのをひとりでやってたんです(笑)。まあ、それは冗談ですけど、冗談であり本気なんですね。つまり若い人っていうのは、僕からすればライバルですよ。だから若い内に摘んでおきたいと思わせるぐらいの、元気のあるやつ早く出てこいっていうこと。そんなにはいないけどね。
 手取り足取り育てるということには興味なくてね。芸能や職人の世界じゃないけど、師匠や兄貴分のやってることを盗んで、自分のものにしてどんどん勝手なことをやれ、というのが僕のスタンスです。上の世代に反発するのは当然だけど、反発とともに、さすがに年季入ってるなあっていう畏敬の念も持って。

—3日目には高校生たちに「対等に話そう」と語りかけて、実際に床に座って同じ目線で話をされました。

こういう年代の子の生の声を聞くチャンスというのはあまりないので、いい機会だと思って来たんです。本当に対等になるのは難しいだろうけど、なるべくだったら同じ目線で話がしたいなと。

—どんな印象を受けましたか。

大学生より、なんかいいな。幼い感じはしなかったですね。ただ、ちょっと不公平というか、サミットの2日間は、オーディエンスは僕たちが喋るのを一方的に聞くだけで、話し合うようには設定されてなかったですよね。だから、大学生と交流したという感じはあまりしない。話をしたのは一人前のアーティストで、みんな信念や仕事のやり方があるから、「アートはこうあるべき」「私がやっているのはこうだ」とか言っても、大して実りがない。それぞれやればいいし、もうやっているわけだから。それより、まだモヤモヤした不定形な、いろんな疑問とかを持っている学生たちと話したほうが、たぶん面白いと思う。僕らも刺激を受けるし、自分のためにもなると思いますね。

坂本氏が社会問題に関する行動を始めたのは最近のことではない。しかし、本業である音楽と社会問題との関係は単純ではない。背後にある思いについても尋ねてみた。

—1980年に「Riot in Lagos」という曲を発表していますね。すでにその時点で、社会問題への関心を音楽に込めていたのでは?

関心はもちろんありました。高校生ぐらいのときには、ストリートに出てデモをやったり、棒で警官を殴ったり石投げたりしていたんです。そのころから音楽の勉強もしていたから、社会的なあり方と自分の作るものとの関係は当然考えていた。だからこそ、音楽を社会的、政治的な目的のための手段として使うのを警戒していたんです。ニュートラルにしておいて、メッセージをなるべく込めない。「Riot in Lagos」のように、ほんのちょっと匂わせる程度(笑)。だけど「ライオット(暴動)しろ」と言ってるわけじゃないし、そんなことなくても成立している曲ですし。アートや音楽なんてのは、音そのもの、あるいは光のかたまりとしてよければ、背景なんかどうでもいいんですよ。

—社会的、政治的に芸術が利用されることへの危惧に関連しますが、ナチスとレニ・リーフェンシュタールの関係についてはどうお考えですか。

リーフェンシュタールは映像作家として非常に力があると思います。素晴らしい、と言ってもいい。彼女は積極的にナチスに加担したわけですが、勝てば官軍、負けたら賊軍です。ナチスが勝っていたら、マイナス点が付かず、素晴らしい芸術家ってことで終わってたかもしれない……。一方で、反対して処刑された作家もいるわけで、善か悪かジャッジするのはとても難しいことです。
 ワーグナーの音楽も、うまく使われちゃったね。ナチスの時期には、ワーグナー自身はもう死んでるから自分で積極的にやったわけじゃないんだけど、巧妙に利用されちゃった。日本も、明治になって日本っていう美を作り替えちゃうんですよね。そのときの権力に都合がいいように、神話とかも利用しちゃう。これはいまも起こっているんですよ。利用してやろうっていう人たちは、自分たちで都合のいいようにどんどん変えちゃいます。それに対する批判的な目は持ってたほうがいいと思う。

—ところで、今回のアーティストサミットもそうでしたが、最近は京都にいろいろご縁がありますよね。法然院(2005年)や東寺(2007年)でライブをやられたり。最後に、京都について何か所感があれば聞かせて下さい。

いや、住みたいなぁ、くらいに思ってるんですけど。でも、どうも流行りみたいな感じもあって、天邪鬼な僕としてはいかがなものかっていうね(笑)。京都っていうのは、若いときはあまりよさがわかんなかった気がする。年を取るとともにそれがわかるって言うとおこがましいけど、まあ、これからですね。


(取材協力:世界アーティストサミット事務局/京都市立銅駝美術工芸高校)

さかもと・りゅういち

1952年、東京生まれ。音楽家。76年、東京芸術大学大学院音響研究科修士課程修了。78年、『千のナイフ』でソロデビューを果たす一方、細野晴臣、高橋幸宏と「イエロー・マジック・オーケストラ(YMO)」を結成。世界的な評価を受ける。『戦場のメリークリスマス』(83)、『ラストエンペラー』(87)など数々の映画音楽も手がけ、アカデミー賞やグラミー賞などを受賞。99年には初のオペラ『LIFE』を上演し、2001年には地雷根絶キャンペーンの一環として「ZERO LANDMINE」をリリース。自然エネルギー利用促進を提唱するアーティスト団体「artists'power」も設立した。以後、環境・平和問題に言及する機会が増え、9.11の直後に論考集『非戦』を監修。06年には六ヶ所村核燃料再処理施設稼働反対を表明し、「stop-rokkasho.org」を創設した。同年10月、新たな音楽産業のあり方を模索する「commmons」を設立。90年よりニューヨーク在住。ニックネームは「教授」。

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第2回世界アーティストサミット Data
日程:2007年12月1日(土)〜2日(日)
会場:京都造形芸術大学(関連イベントは京都市立銅駝美術工芸高等学校でも開催)
主催:京都造形芸術大学、京都市、京都府、京都商工会議所
企画監修:宮島達男(現代美術家、京都造形芸術大学客員教授、東北芸術工科大学副学長)
参加アーティスト:ジャールパット・アーチャワサミット(タイ/ファッション)、ギュルスン・カラムスタファ(トルコ/美術)、イングリッド・ムワンギ(ケニア/美術)、坂本龍一(日本/音楽)、クシシュトフ・ヴォディチコ(ポーランド/美術)、ユック・クンビョン(韓国/美術)
モデレーター:宮島達男
公式サイト:www.artists-summit.org

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