Interview

1行で世界を表すようなきれいな数式が発見されたときには、
ロマンチックな反面、恐ろしいものを感じるだろうな。

高谷史郎

ストイックでミニマル。センシュアルでクール。 アーティスト集団「ダムタイプ」での活動から坂本龍一との共作『LIFE』まで、映像クリエイターの創作のルーツに迫る。

インタビュー:小崎哲哉+Realkyoto編集部
ポートレート:上田裕子

――東京の日本科学未来館で『Cape Farewell アートを通して気候変動を知る』展を拝見しました(8/17まで)。昨年、北極で撮影された写真が出展されていましたが、そのときの話を聞かせて下さい。


『Die Helle Kammer』(2008)
デヴィッド・バックランドさんという方が主宰する「Cape Farewell」という集団のプロジェクトです。去年、アーティストの中谷芙二子さんから「北極に行きませんか?」というメールが急に来たので、「もちろん行きますよ!」と返しました(笑)。ほかの人は参加するに当たって下打ち合わせがあったんですが、僕の場合は欠員が出たので急遽行くことになったんです。北極やエベレストみたいな、地球の大きさを感じるものにずっと興味があったので。僕たちは地球の上に住んでいて、それが回っているのは知っている。でも、リアルに肌で感じることはなくて、それを作品で伝えることによって、感じ方が変わってくるかなあ、と思いました。特に去年1年間は、白黒の写真を使って作品を作れないかと思っていたんです。

――結果のひとつが、昨年、児玉画廊で発表した『photo-gene』ですね。

はい。写真をいろいろ調べていて、記録や証明書的な機能がいちばん強力に響いてくると感じました。それで何ができるかを考え、海抜が上がったときになくなってしまう島を巡って、記録しておきたいと思ったんです。興味本位に見たいというだけじゃなく、寂しさというか、失われていくものを記録したいなと。 

――どうして写真をメディアとして選んだのですか。

作品に仕上げるとき、プリントして「モノにする」ということが、僕の中ですごく重要なんです。デジカメやビデオで記録した画像は、すごくデータっぽいんですよ。だからパフォーマンスやライブで使う方法は考えられるんですが、プリントアウトして作品にしようという欲望は沸いてきません。写真は、厚さのない彫刻のような感じがするんです。素材感や、「モノを作る」ことが僕の中では重要なので、プリントにこだわるのかな。反対にデータ側から見ると、写真も限りなくデータに近い存在だと思います。例えば戦争が映っていれば、それは言葉のように「戦争」として視覚へ入ってくる。写真はデータとモノとの接点に存在しているところが、興味を惹かれますね。特にモノクロ写真はカラーというレイヤーを取ることで情報量が制約される分、伝えたいことが見えやすくなる可能性が広がるのかなと。あと、ちょうど白黒は人間のサイクルくらいで色褪せるから、永遠でないところも面白いなと思いました。

ミニマルということ

――高谷さんの作品には、写真に限らずある種のミニマル感やモダンな感じがありますね。


『Voyage』(2001~)の作中映像
大学時代は建築を勉強していて、アートをやろうと思っていなかったんです。アートは天才とか、それしかできない人がやることだと思っていて、デザイナーは何でもできるのに「今回はこれに合わせて作ってみよう」みたいな、すごく柔軟性のある人だと思って。自分をガーッと出すというより、与えられた要件でどう上手くまとめるか、という作業が格好良いなと思いました。いまは図らずもアーティストと呼ばれる立場ですが、アートにも自分を吐露するような作品だけでなく、ミニマルで抑制されていても、その人らしさが出る作品もあるんだな、と発見したんです。「ああ、こういうアーティストもいるんだなあ」と。いままでは、もっと欲望と関わっていくのがアーティストだと思っていたので、「これでアーティストと呼ばれていいのかな」という引っかかりもありました。でも、それは僕の勝手な思い込みで、まあ、こんなアーティストもいていいのかなと(笑)。

――ダムタイプも、高谷さんがリーダーになってからミニマル色が強まったように感じます。


『OR』(1997~2002)の作中映像
僕はダムタイプでは、整理係をしているつもりなんです。「こういうことをしたい」と言われたら、「この中ではこれだけしか収まらないけれど、こうしたらいいんじゃないか」という、デザイン的なことをしているつもりでいます。「ミニマル」はキーワードでもあるかな。でも『LIFE』あたりから、それだけでは解明できないことに興味が出てきました。簡単に均等割りするだけでは、わからないものが面白くなってきたというのかな。制作中、坂本さんと「数式で表現しようとしても捕らえきれない、不定形なものも面白いね」という話になって、ずっと「制御したいけれど、制御できないことへの面白さ」を使いたいと思っていたんです。そんな中、生命の重要なファクターとして関わる水を使って、不確定な面白みを出せないかなと。環境の問題も結局はそういうことで、北極へ行っても「温暖化問題の最先端で何が起こっているんだろう」とは思うんですが、実際にはわからないんですよね。科学者が現地で何をするかというと、数字を書いてコンピュータの演算をして、全体の流れを数値化していく。全部、数字なんです。数値として可視化されていく流れの中で、やっぱり水も数学や物理で言われている通りに動いている、というのが見えてきて。「ひとつの何かがあって、動かされている」みたいな、本当にマトリックスの世界になってきますよね。1行で世界を表すようなきれいな数式が発見されたときには、ロマンチックな反面、恐ろしいものを感じるだろうな。

映像の力、音の力

――インスタレーションの『LIFE』をDVD化するに当たって、どんな点に留意しましたか。


DVD『LIFE -fluid, invisible, inaudible...』ジャケット
発売元|エイベックス・エンタテインメント
坂本龍一 + 高谷史郎
4,902円
単なる記録よりは見られる映像作品にまとめよう、と思って作りました。特に今回は頭を使う部分が違って、モニター内でしか見られないものに迫力を与えるのは難しかったです。音は盛り上がるんだけれど、映像は何をしようと盛り上がりは知れているので、ある程度以上は無理なんですよね。そういう部分は、わざと動かない映像にしたりしました。最初は音がない状態で作ってくれと言われたので、抽象的な音楽に合わせて映像を当てはめていきました。やっぱり音がないと、時間は作れないなと思いましたね。映像なんて、3分しかない滝の映像を15分に延ばしても見られるんですよ。でも、本当にそれが見ていられるものになるかは、やっぱり音の力なんだなと思いました。

――ありがとうございました。最後に、京都を拠点として活動することの魅力やメリットを聞かせて下さい。

40歳前後のときに京都市芸術新人賞をいただいたんです。「新人」?!……と思っていたら、奨励賞の方は60歳とか70歳の方だったんですよ(笑)。僕たちダムタイプが京都京都って言うけれど、彼らから見れば、そんなに京都のことなんか知らないわけで。そういう意味でも、職人の方々など先輩からいろいろなことを教えてもらえるというのは、とても面白いし、ありがたいですね。

たかたに・しろう

1963年生まれ。京都市立芸術大学美術学部環境デザイン科卒業。84年、アーティスト集団「ダムタイプ」の創立メンバーとして活動に参加。以降、主にビジュアルクリエイション面を総合的に担当し、照明、舞台装置のデザインなどで数々のインスタレーションやパフォーマンスに携わる。個人の活動としては、99年、坂本龍一のオペラ『LIFE』にて映像を担当し、01年、バレンシア・ビエンナーレでは中谷芙二子との共同制作作品『IRIS』を発表。02年、京都市芸術新人賞受賞。07年には日本人アーティストとして初めてCape Farewellの航海へ参加するなど、多岐に渡る活動を行っている。