Interview

僕が企画する展覧会は、
作品を鏡として捉えていくという、
すなわち、自己探求なのです

飯田高誉

現在、京都ギャルリ・オーブにて開催中の『戦争と芸術Ⅲ-美の恐怖と幻影-』展をはじめ、その深い洞察力とジャーナリスティックな切り口から、数々のキュレーションを手掛ける飯田高誉氏。最新の展覧会秘話からキュレーターとしてのルーツまで、アートシーンを動かすその姿に迫る。

インタビュー:高橋洋介、静内二葉
写真:詫間のり子

戦争と人間存在のリアリティ

――『戦争と芸術Ⅲ-美の恐怖と幻影-』展の開催が近づいてきましたが、今回は日本の若手作家がたくさん出展していますね。

大庭大介さんや、佐々木加奈子さんが出展してくださいました。藤田嗣治は1886年に生まれて、大庭さんが1980年代生まれなので、ちょうど100年のギャップがあるんです。本展は戦争というテーマを掲げていますが、時代的な状況のなかで、なにが起こったのかを探求するための展覧会でもあるので、その100年という時代状況のなかでアーティストはどう生きていたのか、何を表現してきたのかを追っていきたいと思います。

――戦争を体験した、藤田嗣治と横尾忠則が参加していますね。

平和な時代の作家がどのような表現をするのか、とても興味があったんです。例えば藤田嗣治や横尾忠則は、実際の戦争を知っている。けれど、もっと後の世代になってくると、『戦争』という定義が変容し、情報技術によってグローバル化が進み現実と仮想の境界線がなくなってきております。戦時中の作家と現代作家の決定的な差は、リアリティだと思うんです。でも、戦争を知らない作家たちにも、やっぱり内面的な戦争状態というのはある。表現行為というものは、自ら抱えている闇へダイビングしていく行為なので、戦争とまではいかなくても、ある種の闘争だと思うんです。おそらく人間の欲望がある限り、戦争はなくならないでしょう。国家と国家の戦いでなかったとしても、なんらかの形で戦争状態は存続していくと思います。でも、ある反面ではすごく矛盾していて、そこが問題でもあります。つまり、戦争はいけないことだけれど、戦う欲求や欲望、闘争心みたいなものは、ある意味で人間にとっての活力になっているわけです。だからこそ戦争に向かう欲望のベクトルを、自己認識する必要がある。そういう意味ではあらゆる欲望が入れ子構造になっていて、分けて考えることはできない。それが人間だと思います。人間の精神構造を考え、客観化していくというのはそういうことだと思います。日本には戦争がないからリアリティがないとは言えなくて、今はリアリティの在りようが変わってきているんだと思います。

――飯田さんにとって、アートにおけるリアリティとはどのようなことでしょうか。

アートは、社会や自身を映し出す鏡であると考えています。絶対的な自己矛盾を同一化させることで、どうにか人間は成り立っている。だから芸術を見たときに、どう自分自身が投影できるか、ということが重要だと思います。だから僕は、鑑賞者を試していきたいんです。試すというと不遜な言い方だけれど、そういう意味では、作品を鏡として捉えていくという展覧会なんです。僕が企画する展覧会は、作品によって鑑賞者自らを映し出す鏡として捉えていく自己探求の場なのです。

ジャーナリズムという視点

――『戦争と芸術』というテーマへの反響はどのようなものですか。

特にこの展覧会を開催して面白いなと思ったのは、戦争をテーマに掲げていくと、戦争に対してそれぞれの立場の方々から何らかのメッセージを聞けるんですよね。第1回では、防衛省の海上自衛隊の方たちの協力を得て、藤田の作品をお借りしました。一方で、立命館の平和ミュージアムから、長崎で被爆した天守堂の聖像もお借りしたんです。平和ミュージアムは日中戦争を日本による侵略の歴史として定義づけているので、実は、防衛省とは多少立場が異なっているんです。そこで、ある記者が来て、僕に『この展覧会はどういうイデオロギーを持っているのですか?』と聞きました。僕は『実をいうとイデオロギーを問う展覧会ではなく、芸術的観点で戦争が抱えている闇を顕在化したかったのです』と答えました。議論の場にはなってもいいけれど、イデオロギーを発信したくてこの展覧会を開いたわけではないのです。ほかにもいろいろなメディアがこの展覧会を取り上げましたが、実は、それが狙いでもありました。だから問題を投げかけるという意味では、非常に効果はありました。

――芸術という視点から戦争を捉えるということは、社会的な側面がたいへん強いですよね。

社会的な視点というのはすごく重要で、芸術においてもその視点は絶対になくしてはいけないと思っています。僕はもともと大学のときにジャーナリズム論を取っていて、ジャーナリストになりたいと考えていた時期がありました。そういう意味でも、ジャーナリスティックな視点というのを活かしていきたいなと思っています。これからは、芸術の役割がかなり重要な位置を占めることでしょう。すでに政治や経済の力だけでは成り立たず、芸術的志向が世界のパラダイムを変えていけると確信しております。いろいろな視点から、社会的な環境のなかで何が起こっているのかを見ていくと、面白いと思いますよ。だから『美術手帖』を読むのも重要ですが、社会で何が起こっているのかということを知るのも大切だし、戦後、何が起こり、何が為されたのかを検証していくことはすごく重要だと思います。考えるためにはひとつだけじゃなくて、自分のなかに多様で多元的な視点を持つといいと思います。

――今、ジャーナリスティックな視点からキュレーションされた展覧会というのは、あまり見ませんよね。

日本にはタブーがたくさんあるので、社会的影響力のない展覧会がもてはやされるんです。東京では、『戦争と芸術』というタイトルは、あまりに政治的な響きを持つので展覧会が実現できませんでした。京都は歴史的なコンテキストで現代を考えたり、議論することに適しているのです。消費構造が肥大化した東京というメガロポリスのなかでは、歴史的視点がどんどん忘れ去られていっちゃうんですよね。だからこそ、どういう時代背景でアーティストが作品を制作していったのかを、やっぱりキュレーターは説明しなくちゃいけないと思います。

――やはり、公的な基準や社会的な理想が見えづらい時代になってきていると思います。

何を信用していていいかわからない時代ですよね。でも、内省するにはいい機会だと思います。自分自身のなかにあるものを見つめる時代が到来したんじゃないかな、と思います。そういう意味ではアーティストにとっていい時代だと思います。僕は独立したときは、バブルが崩壊してたいへんな時代でしたが、自分のなかに基準ができました。経済的には苦しかったかもしれないけれど、精神的には非常に落ち着いていた時代だった。そう捉えると面白い時代が始まるのかな、と思います。

――精神的に落ち着いているからこそ、「戦争と芸術」という核になるコンセプトが打ち出せるということですね。

そう思います。『戦争と芸術』というテーマが古びないのはよいことではないかもしれないけど、やっぱりこのテーマの役割はありますよね。平和を語るのもいいけど、その前にまずは戦争です。もう少し、現状を語ってもいいと思う。アーティストはポジティブに作ることが前提だけれど、戦争からアプローチして、どれだけ悲惨でカタストロフィックなヴィジョンで、戦争が意識や無意識のなかに入っているのかを前提に語り合うことは、重要なんじゃないかな。今が、まさにそのときですね。

いいだ・たかよ

1956年生まれ。インディペンデント・キュレーター。80年よりフジテレビギャラリーに10年間在籍し、パウル・クレー展、サルバドール・ダリ展、パブロ・ピカソ-マヤコレクション展、草間彌生展などのディレクションを行う。フェリックス・ガタリやニューアカデミズムの思想家(浅田彰、中沢新一、丹生谷貴志など)や文学者(村上龍など)らを交えて、草間彌生、横尾忠則、イヴ・クライン、ジム・ダイン、バリー・フラナガンなどの展覧会プロジェクトを企画し、美術界に止まらない展開を数多く設けた。90年より独立。「スクリーン・メモリーズ:隠蔽記憶」(2002年)、「マーク・ダイオン:驚異の部屋」展(2002-2003年 東京大学総合研究博物館小石川分館)、「森万里子:トランスサークル(縄文)」展(2004年 東京大学総合研究博物館小石川分館)、「杉本博司」展(2005年)と「横尾忠則」展(2006年)を続けてカルティエ現代美術財団(パリ)にてキュレーションを行う。京都造形芸術大学国際藝術研究センター所長。